小さな焼き菓子店をオープンした日の朝。
前日はほとんど眠れなかった。
商品は準備した。
レジも確認した。
掃除も完璧。
でも、最後まで実感が湧かなかった。
「本当にお店を開くんだ…」
そう思えたのは、看板が取り付けられた瞬間だった。
木製の看板。
白い壁に、やさしいブラウンの文字。
シンプルだけど温かい。
取り付けが終わった瞬間、職人さんが言った。
「はい、これでお店ですね」
その一言で、急に胸が熱くなった。
ただの部屋が、お店になった瞬間だった。
そして迎えたOPEN時間。
正直に言うと、最初はお客さんが来ないと思っていた。
立地は住宅街。
駅からも遠い。
宣伝もほとんどしていない。
ところが開店30分後、最初のお客さんが来店。
「ずっと気になってたんです」
思わず聞き返した。
「え?」
「この看板、毎日見てて。やっと開いたと思って」
まさかの“看板きっかけ”。
さらにその後も、同じ言葉が続いた。
「前を通るたび気になってました」
「看板が可愛くて」
「いつ開くのかなって思ってた」
その日のお客さんのほとんどが、
看板を見て来た人だった。
夜、閉店後。
売り切れた棚を見ながら、二人で座り込んだ。
「看板ってすごいね」
ただ名前を表示するものだと思っていた。
でも違った。
看板は、
・お店の存在を伝えて
・興味を生んで
・期待を育てて
・OPENの日にお客さんを連れてきた。
看板は、24時間働いていた。
帰り際、外に出てもう一度見上げた。
ライトに照らされた看板が、昼よりも少し誇らしそうに見えた。
「これからよろしくね」
思わずそう声をかけてしまった。
お店の一番最初のスタッフは、
きっとこの看板だった。